〈運動嫌い必見!〉「運動」の捉え方変えてみませんか?

どうもkateです!

あなたは「運動」というものに
どういうイメージを持っていますか?

おそらく、これを見ている方は、

  • 運動は辛いもの
  • 運動は出来ればしたくないもの
  • 運動は出来る人がやるもの
  • 運動と言うと「スポーツ」をイメージする

のような、どちらかというと、
マイナスのイメージを持たれている
方が多いのではないかと思います。

僕自身の話でいうと、
学生の頃なんかは、運動が苦手だったこともあり、
特にチームスポーツが嫌でした。

嫌いでは無いのですが、スポーツそのものというよりも、
ミスしたりすることで、責め立てられるのが嫌でしたね。

その結果、徐々に縮こまったプレイになり、
更に活躍が難しくなり、余計にミスが増える。

みたいな悪循環にはまり、積極的に運動をするのが
どちらかと言うと好きでは無かったです。
(死んでもやりたくない!という程では無かったですが)

この頃の僕は、
運動=スポーツ
というイメージを持っていました。

だから、「運動をする」と言っても

  • 大変そう
  • 準備に手間がかかりそう
  • 気軽には出来なそうな感じ

のようなイメージをしてしまい、
余計に運動とは遠ざかっていきました。
(唯一やった運動は、ランニングくらい)

だから、そういうイメージもあり、大人になってから
「運動を習慣にした方が良い」というのは分かっていても、
中々気が進まなかったと言う訳です。

しかし、それは
運動=スポーツ
という図式が自分の中にこびり付いていた事が
原因でした。

そこで今回は、
運動嫌いのための、「運動」と言うものの捉えなおし。
について語っていこうと思います。

これを読むことで、あなたが運動嫌いであったとしても、

  • 運動って、思っていた以上に気楽なものなのか!
  • そういう考え方なら、自分でも出来そうだ!

等のような発見があるかもしれません!

運動の必要性が薄れている現代

まず、最初に前提条件として理解しておいてもらいたいのが、
「現代は、昔よりも運動の必要性が薄れている」
ということがあります。

生活は便利になり、これからはAIの台頭によって
今よりも更に多くの場面で人手が掛からなくなる時代で、

「体を動かさないと事が進まない」

というシーンが確実に減ってきています。
(そしてこれからはもっと減ります)

そうなると、必要に迫られて体を動かす時間や量は
当然少なくなる訳です。

つまり、これからの時代は、
「自ら体を動かす機会を作らないと、ほとんど動かなくなる」
という事です。

学生であれば、体育や部活動などがあり、
まだ運動しやすい環境は整っておりますが、

それが終われば、体が資本の職業に就かない限りは、
運動は激減します。

という事は、
「自然に運動を習慣としている人」
が減りますので、運動を行うには、
意図的に行う必要があるという事です。

自ら運動をするほどの意志力が無いと感じていて、
誰かと一緒にやることで何とか継続しようとしていたり、
己の肉体を磨き上げる人達が集まる場所で、
自分もトレーニングしたい。
などの理由で、フィットネスクラブやジムが
流行になっています。

「運動が向いていない人」はいない

運動嫌いの人の中には、
「自分は運動音痴な家系だから運動には向いていない」
という理由から、運動が嫌いな人もいるかと思います。

実際、僕自身もそういう風なことは、言われたことがあります。

しかし、実を言うと、
「運動が遺伝的に向いていない人なんていない」
のです!

もちろん、生まれつき障害を持って生きている方などは、
運動がしにくい事情があるかと思います。

でも大部分の人にとっては、
運動が向いていない人なんていません。

確かに、ウサイン・ボルトみたいに100mを9.58秒で
走ったり、マイケル・ジョーダンのようなジャンプが
誰にでも出来るのか?って言ったらもちろんそんなことは
僕には断言できません。

ただし「人生において、運動を習慣としていく」
というレベルであれば、間違いなく問題ありません。

「向いていない」
と感じるのは、単に運動に懸けてきた時間が、
運動が好きな人に比べて少なかったり、

チームスポーツなどで、失敗を恐れるあまり無駄に緊張
してしまったりすることで、それを避けるように
なったり、などと

「何らかの理由」があるはずです。

・・・・・・・・・・・・・・・
例えば、勉強で例えると、
「数学は俺(私)には無理!」
と言っている人がいたとして、

結局それも、出来る人から見れば
「ただ苦手意識持って勉強してないだけやんけ!」
って思いますよね?

僕は、中学生の頃は数学が苦手でしたが、
高校では、それまでより遙かに得意になりました。

何が起きたのか?

「ただ、数学を勉強しただけ」です(笑)。

つまり中学時代は、何となくの先入観で
「数学は難しそう」と思い、勉強しようと
すら思わなかったので、当然の帰結として、
成績が悪かった訳です。

けど普通に勉強したら出来るようになりました。

そこで、「何だ。ただやって無かっただけやん」
という良い発見をすることが出来ました。

それからは、数学だけでなく、英語も苦手意識が無くなりました。

「運動が向いてない」ってのはそれと同類の話です。
・・・・・・・・・・・・・・・

という事で、自分にしては結構いい例えだったのでは無いか?
と自画自賛しつつ(笑)、

運動が向いてない人はいないよ!

って事を、胸に刻んでください!

「運動=スポーツ」から「運動=活動全て」へ

さて、運動の捉え方を変える。と言う話に
ついに入っていきます。

もちろん、これは僕の提案であって、これは正解!
などと言うつもりはありませんが、

「運動=スポーツ」から「運動=活動全て」

と言う風に捉え方を変えてみませんか?

という事です。

どうしても運動と言うと、
「ウォーキング、ランニング、球技、登山」
などのように、
ちょっと心の準備が必要なもの。
ってのをイメージすると思うんですが、

そういうイメージを持ったままだと、
どうしても「運動をするために奮起する」
みたいなアクションが必要になり、
面倒くさくて、中々運動をやる気になれない。

という事が、起きてくると思います。

そこで、「運動=活動全て」というイメージ、捉え方に
変えてみると良いかもしれません。

例えば、日常で行われる、
通勤、通学、選択干し、皿洗い、掃除、
部屋の整理、物を持つ・・
などを「運動」と捉えてみると
どうでしょう?

よく、運動不足解消のために
一駅遠いところで降りて、歩きましょう。

みたいな事が言われてますよね。

これって、確かに運動にはなってるけど、

当人にとってはあまり「運動をしている」という
意識は無いと思います。

少なくとも、週3日ランニングとかよりは、
その意識は薄いはずです。

この
「運動している。と感じてない状態」


滅茶苦茶、非常に、死ぬほど大事だったりします!

運動嫌いの人にとって、
「さあ、運動の時間だ!」
というスイッチを入れる事は、
結構な負担に感じると思います。

そんな人でも、通勤で歩く必要があれば、
「運動してるぜ」などと思わなくても、
歩いているはずです。

という事は、運動はしているものの、
「運動をしているという意識」を持たない状態を
作りたい訳です。

そこで、先ほど言った
通勤、通学、選択干し、皿洗い、掃除、
部屋の整理、物を持つ・・

などのことを「運動」としてしまえば、
ランニングや筋トレが中々気が進まなくても、
「皿洗いならできそうだ」
「毎週末に掃除することは自分でもやれそうだ、
しかも衛生も保てる」
などと思えるのではないでしょうか?

もちろん、皿洗いは、ランニングや筋トレのように
本格的な運動になるわけではありません。

でも、「体を使う何らかの行為」から手を付けていくことで、
徐々に、「肉体を使う時間と量」を増やす事で、

それまでよりは少なくとも、
「運動すること」に対して、抵抗が無くなってくるのでは
ないでしょうか?

しかも、今まで、家事にあまり関わってこなかったのなら、
皿洗いや掃除をすれば、感謝もされるというオマケ付きです(笑)。

そして、そういった日常レベルの運動や負荷では
物足りないな。と感じた時に初めて、
ランニングやスポーツに取り組めば良いのです。

今日からランニングだ!と意気込む必要はありません。

やりたいならやっても良いと思いますが、
大変だと感じるなら、まずは日常レベルの活動から
増やしていく。というのが、長期的に見て、
良いはずです。

運動は健康のためにやるものではない

はい!
ここまで、

  • 現代では運動の必要性が薄れているから、
    自ら積極的に運動していく必要がある
  • 運動が向いていない人なんていない
  • 「スポーツやランニングなどだけ」を運動と捉えるのではなく、
    「日常レベルの肉体活動」なども運動と捉えることで、
     運動に慣らしていこう!

 

というお話をしてきました。

この話をしたのは、やはり
運動嫌いであっても、運動をした方が、
人生の質を上げていける。という考えがあるからです。

それは単に、「健康」のため。
というだけではなく、
「苦手だと思っていたものは、実はただの思い込みであった」
という事を感じてもらいたいからです。

「運動は健康のためにする」
っていうと、どうしても長続きはしにくいです。

だって、「健康」の定義は一つではないからです。
世間でなんとなく「健康に良いから」などという
動機では、運動に慣れる前に挫折してしまいかねません。

健康のためにやる。というのであれば、
「健康」の定義を自分で決めなければなりません。

自分で決めたものであれば、漠然とはせず
具体的であると思いますし、動機もしっかり
持てるはずです。

人間は、動物です。
だから動くのが前提に体が出来ています。

という事は、「運動すること自体」が、
もう既に意味のあることではないでしょうか。

「運動つらいわ~」
と思っていたとしても、
何かしら出来る事から、
始めてみましょう!

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